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2007年10月26日(金)
義母天国に・・・
10月21日(日)の夕方、義兄から
義母が、おなかが痛くってとっても苦しんでいるからぞうさんに
車に乗せるの手伝ってほしい。と電話があった。
ぞうさんを呼んでいるより、早く救急車を呼んだほうがいい。
と、言ったけど〜本人が、救急車を呼びたくないと言うから
と、か言っていて、、、
それでも、心配だから何度か電話して
何しろ、ぞうさんは遠くにいた
やっと、救急車で近くの総合病院に運ばれた。
運ばれた病院は、義父が検査をしに行って
亡くなった病院だったので、その病院だけはやめたほうがいいのでは?
と、言ったが〜元来気弱だし、もう運ばれてしまったものはどうしようもない。と
義兄が言うので、病院に駆けつけると
腸閉塞。でも、専門の医師がいないので
明日になってみないとわからないと言うことだった。
10月22日朝。義兄から、医師から大事な話があるから。と連絡が入り
私がすぐに飛んで行った。
義母は、小さい身体をさらに小さくし
いろいろな管をつなげられ、苦しそうにしていた。
義姉と一緒に聞いた担当医の話は、
重症急性膵炎のステージ3です。
癌より怖い病気で、すぐに対処しないと助からない。
国の指定する難病で、現時点で助かる確率は
約60%です。
お義母さんの場合、胆石の破片が
膵液と胆汁が出てくる所をふさいでしまっているので
胆汁は、身体の中に解けていくけど
膵液は、膵臓を壊しています。
早く膵臓に直接薬を投与しなければ・・・
いろいろな、書類に同意を求められ
そんなことをやっているより、早く処置をしてくれ!と
私は、心で叫んでいたけれど、、、
集中治療室に入るには、かなり時間がかった。
お昼過ぎ、ぞうさんが病院に行くと
また、医師に呼ばれ
膵臓への動脈が、ふさがってしまっているので
膵臓に直接の投与は、あきらめざるおえない。
後は、点滴で膵臓に効く薬を入れるてだてしかない。
でも、この治療での救命の確立は・・・
わずか、10%。
と、言われた。
夕方、連絡で駆けつけたくろちゃんを連れて
集中治療室に行くと
更に小さくなった義母が、苦しそうにしていた。
あぁ、、、くろちゃんか、、、
と、呟きながら娘を見て〜横にいる私の顔を確かめ
もうねぇ〜こんなにみんなに迷惑かけて
苦しいし、生きてるのが嫌なんだわ。
と、かすれた小さな声で私に向かって言った。
聞こえないフリをして、「なぁに?」と笑って聞き直して
となりのくろちゃんに、話を振ると
おばぁちゃん、私の笑顔を見て元気になるんだよ!
ほら、こんなに笑ってるから。
と、1番のスマイルをおばぁちゃんに見せた。
苦しげな義母も笑ってうなずいた。
そばにいた看護婦さんもうなずいて笑ってた。
また、明日も顔見せに来るね!
おばぁちゃん、バイバイ♪
と、手を振るくろちゃんに、義母も手を振って返した。
これが、義母のしゃべる動く姿の最後となった。
その晩遅くに、血圧が下がり苦しんでいるので
人工呼吸器をつけて、痛みがわからなくしますか?と
病院から連絡が入り、ぞうさんと義兄は、話し合ったが
まだまだ、植物人間のようにはなってほしくない。
と言う想いで、明日の朝まで待ってもらうことにした。
翌10月23日(火)8時過ぎごろ
病院からすぐに来てくれ!と電話があり
ぞうさんが先に行き、私は後で出かけた。
集中治療室の入り口は、インターホンで声をかけなければ開かない。
声をかけると、看護師さんがきて
鈴木さんのご家族ですね。
今、処置をしていますので、ご家族の方はこちらのお部屋に。
と、隣の部屋に通された。
中に入って、何の処置してるの?お義母さんは?と聞く私に
今ね〜おふくろは、看護師さんにきれいに体拭いて貰ってるんだ。
遺体は、葬儀やさんに家に連れ帰って貰うから。
え?!お義母さん、死んじゃったの?
義母は、あっ!と言う間にこの世の人ではなくなってしまった。
すぐに、うちに帰りくろちゃんに連絡を入れ
義母が、1番会いたがっていた人は誰なんだろう?
と、うろ覚えの親戚知人を頭に浮かべて行った。
なんだかんだと、まるで夢のように時が進み
煙突から上がる、、、煙を見ながら
義母は、あの煙となって空に立ち上って行ってしまったのだろうか?
と、思いながら、、、あれやこれやと立ち働く私に
あのね〜おばぁちゃんの住所がわからんかったの。
ん?なんのこっちゃ!
天国の住所ってわからんじゃん。
だから、天国1丁目にしておいたんだけど、、、届くかなぁ?
あぁ〜お棺に入れとったあの手紙ね。
とりあえず、おばぁちゃんはいい人だから天国の審査は通ると思うのね
そうすると、次は住所じゃん。
最初だから、1丁目かなぁ?と思ったんだけど、、、
でも、おばぁちゃんの横に入れたから一緒に持って行って
もう、読んでると思うよ。何って書いたの?
おばぁちゃんに話せなかった、私の近況と
パパとママの事。
それから、会えるかもしれないので4丁目当たりにいる
亡くなったおじぃちゃんに会ったらよろしく!って書いといた。
我が子の明るさと素直さにふと涙がこぼれてくる悲しみも
癒される私だった。
きっと、義母も微笑みながら
天国でくろちゃんの手紙を喜んで読んでいることだろう。
お義母さん、何もして上げられなかった
ごめんなさい。
合掌
2007年10月13日(土)
ホッと安心♪
先日のキノコの病理検査の結果を聞きに行ったよん。
最近、お腹のちょうちが悪くって〜
ちょっと心配してたけど
ポリープは、良性の中では悪性により近く
悪性の中では、良性でしょう。
と、言うなんとも不思議?な答えが返ってきて
まぁ〜安心してください。
これから数年間は、毎年大腸カメラの検査は行わなきゃ!だけど
心配ありませんよ。
と、言われたのぉ。
ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪
で、お腹の調子の話をしたら
時々、カメラを入れると大腸の動きが悪くなる人がいますので
きっと、だんだん元に戻ると思いますよ。
と、言うこと。
カメラを2週連続で入れて、術後10日あまり
やっと、戻ってきたわん。
ふぅ〜〜( -。-) =3
友達のMちゃんがこの間言っていた
明美ちゃんは、ちゃんと結果が出て治せる病気だからいいよん。
私は、ずっと付き合っていかないといけない。
って〜
そうだよねぇ、私は幸せ者だよん。
何につけても早期に発見されてるし。
苦しい思いをするのもその時だけだし。
(〃⌒ー⌒〃)
よし、またがんばろう〜♪
でも、今月はゆっくり歩くことにしよっと!
2007年10月5日(土)
キノコ狩りより帰還
お腹の中に大きなキノコ形にポリープが見つかって
キノコ狩りに出かけて無事帰還したきんたです。
10月2日、危うく?一人で車運転して入院する羽目になりそうな所
くろちゃんが、有給取ってくれて連れて行ってくれたよん。
前日あたりに、くろちゃんの勤める会社の産業医が
私の入院する病院だと言うことがわかり
(⌒▽⌒;; ダラダラ
本とは、先に社長に連絡して置いて貰うと
1番腕のいい?医師が担当するであろうと、部長に言われたんだけど
すでに時遅し、、、
1番若い、入ったばっかりの(それも先月に)先生が担当となりました
入院すると、50錠の下剤が渡されるんだよ。
今から2時間半で水かお茶2L で、これ全部飲み干してください。
( ̄□ ̄;)ガーン・・・こんなに大きな粒の下剤50錠ですかい?
なぁ〜んて思いながらも、しっかり約束を守る私は
トイレの回数つけながら、飲みきりましたぁ。
"(・・、)ヾ(^^ )" ヨシヨシ
行ったトイレの回数は37回。
もう、トイレ行くのさえ飽きちゃったわよん
(^▽^) ハッハッハ
さぁ〜鈴木さん、行きましょうか処置室に。
お迎えが来て、一緒に大腸カメラが備えてあるお部屋に。
わっかい先生が「それでは、始めます」と言う言葉と共に
するすると、お腹の中のキノコを探しにカメラを入れていくの
きゃぁ〜またきたのぉ。
今度はなにぃ?この前は、私の撮影だったみたいだけど、、、
ひっそり暗闇で、育ってる私の事ほっといてよ!
と、言っているかの(そんな事いわんわい!)キノコに
カメラが近づいて行って・・・
すっごいねぇ〜今時のカメラさん。
って〜今時ではなく昔からなのかもしれないけれど
先生の手元のカメラのリモコンのような所から
長くて細いワイヤーがするする入って行くのよん。
そうすると、カメラの頭からそのワイヤーが出てきて
キノコの根本3箇所にクリップみたいなもので「ピキッ」と留めるの。
これは、出血しないようにと縫ったような役割をするらしい。
次に、またワイヤーがカメラの中を通り、先がわっかになったメスがキノコを捕まえるわけ。
い、いったいよぉ〜〜何すんのぉ〜〜!
と、キノコが言っている間に「プチッ」とキノコは切り取られた。
もちろん、キノコより私の方が・・・「いたたたた・・・」なんだけど
で、キノコの頭はね、その場に置いておかれ
次にキノコに近づいて行ったのは〜
先がトングのように挟む形の物。
それで、キノコを拾って〜外に出すと言うわけ。
これで、簡単に終わりなんだと思うけどぉ
先生、途中でキノコを見失っちゃった
(⌒▽⌒;; ダラダラ
あわてず?先生は、1度カメラを抜いて〜もう1回入れて捜索に。
患者の前ではあわてられんだろう、、、
しっかり目を開いてモニターみている私だし。
おぉ〜っと、また見つかっちゃったよぉ〜。
私は、ここが好きなのぉ!
外に出たくないんだってぇ〜!
と、言うことを聞かないキノコを捕まえなおして
先生は、またまた外に連れ出そうと必死。
あっ!
ん?←これは、きんたの声。
鈴木さん、もう1度カメラ中に入ります。と先生
むむ、、、(−−;
あったあった。←先生の声
なんだぁ?どういうこっちゃぁ?←きんた心の声
すでに、お腹の中がかなり痛いきんた。
きんたは、痛みに対してかなり忍耐力があるので我慢してたけど
さぁ〜終わりましたよぉ。
の声と共に、、、優しい麻酔を覚ます薬の注射され
手術台からおりると、、、そこには!
大きな2cmほどの梅干が!
昨夜から、絶食中。お腹の中は空っぽのきんたの口の中には
すっぱいものが溢れ出し、、、お腹すいたなぁ。
と、思いながらよくよく見ていると
それが、取り出したキノコです。
ちゃうちゃう〜ポリープです。と、先生が言ったの。
き、キノコ〜〜外界に出たら、浦島太郎のように
ばぁちゃんになっちまったぜぇ!!!
w(°o°)w おおっ!!
ところで、この横にある小さな梅干は?
ちょっと大きすぎて、中で崩してしまいまして
ちゃんと、探し出して外に出しましたから安心してください。
と、先生。
さっきの「あ!」は、、、それだったのか
要するに、またどこかに崩れた分をやっちゃって
探しに行ったのね、、、。
キノコしぶといぞぉ〜
車椅子に乗せられて〜病室の看護婦さんを待つ間
医師は、家族代表のくろちゃんに術後の事とかを説明し始めた。
先生、母のお腹から出てきたポリープは見せて貰えないのですか?
と、くろちゃんは聞いたのぉ。
あぁ〜いいですよ、ちょっと待ってください。
うやうやしく、何でか二人の医師で大事そうにトレーの上に載った梅干を持ってきた。
これですよ。と差し出されたポリープを見ると
じゃぁ〜記念にシャメ撮らせて頂きます!
梅干みたい、、、と言いながら、カシャ!
うがぁ〜〜と、二人の医師は手を震わせながら笑いをこらえていた
(^▽^) ハッハッハ
翌日、午前無事退院したきんた。
ゆっくり寝ていたけど
夕方から、手術した所と違う場所がズキズキ痛むのぉ
お腹が痛いよぉ〜〜。
明日から、悪い物を取った新生明美になるはずなのにぃ。
と、嘆きながら、、、一晩過ごし
さらに翌日。
午前中、仕事こそしたけれど
あまりの激痛に(2〜3分おきに痛みがはしる)も1度医者に。
私が行くとね、3人の人が交代で
鈴木さん、出血はしていないですか?
と、聞きにくるのよ。
いいえ、してません。
と、言うと、、、安心した顔をするのね。
きっとね、若くて新しい先生でしょう?
出血していると、腸に穴が開いたって事だ。って、説明された事あったから
それを、病院側が心配しての事だと思うのね。
1時間半ほど待って、やっと診察。
痛みを説明すると、、、
たまぁになんですけど
カメラを通った後にキズがついて痛がる方が見えるんです。
たいしたことないと思いますが・・・
痛み止め出しますか?
痛み止め飲むと胃が悪くなりますけど。
って〜痛み止め飲むなって事じゃん!
きんたは、心で思いましたぁ。
先生、3回もカメラ中に入れて〜落とした腫瘍探すのに
ごそごそやっていたのは、あなたでしょう。
おまいのせいではないのかい?!
とほほ、、、これから痛みが引くまで
この陣痛のような痛みと戦えってかぁ?
あれから、3日たった今日。
やっと、痛みは治まってきて
大きな声を出したり、ちょっと力を入れると痛むけど
ずいぶん感じられないようになった。
( -。-) =3よかったぁ〜♪
こうして、キノコ狩りは無事?終わり
後は、ちょっとゆっくり休息して
来週の病理検査の結果を聞きに行くだけとなりましたぁ。
癌が、第2層目まで行っていると
今度は、お腹を切って腸を何センチか切り取らなきゃ。なんだって
どうぞ、そんな事になっていませんようにぃ〜〜♪
だいじょうぶだよねぇ〜。